‘Jagshemash! And my name is Borat. I like you, I like sex.’と慢心の笑顔でカメラに向かって語りかけるスーツ姿のチョビ髭オヤジ。カザフスタンで4番目に有名なTVレポーターがボラットだ。男尊女卑、近親相姦、レイプは当たり前、さらに国内でナンバー4の売春婦である妹を誇りと思っている。ユダヤ人は平和を乱す悪魔と信じ、彼の故郷で行われるThe Running of The Jewというユダヤ人を追い払う厄除儀式を紹介。そんな彼がカザフスタン政府から使命を受け、TVプロデューサーとともに世界で一番グレイトな国‘U.S.and A’へ。Economic, social, and Jewsなどの問題を抱えるカザフスタンがよりgloriousになるための極意を学びに行くことに……。 ここまで読んで、なんじゃこりゃ?! と、憤りや不快感で胸が一杯になる人も多いだろう。こんな人、存在自体許されない。そう、その通り、じつはボラットはイギリス出身のユダヤ人コメディアン、サーシャ・バロン・コーエンの作り出したお下劣キャラなのだ。ユダヤ人の中傷ギャグも自虐ネタなのである。カザフスタンの描写も、もちろん事実無根の大ウソ。ボラットの故郷のロケ地はルーマニアであり、劇中で飛び交う‘カザフスタン語’はボラットがヘブライ語、TVプロデューサーがアルメニア語で話している。ボラットが頻繁に口にする挨拶言葉‘Jagshemash!’ですらポーランド語だ(ちなみに意味はHow are you?)。 映画はこの‘架空の’人物がフェミニスト、政治家、ユダヤ人の宿屋経営者など、事情を何も知らない‘実在する’アメリカ人たちに体当たりで接し彼らの反応を映し出すguerrilla comedyである。 多くのアメリカ人にとってカザフスタンは聞いたことはあるが、ほとんど未知の国。サーシャはそこを利(悪?)用し、彼らにボラットという人物が存在すると信じさせる。彼らはこのあまりに‘失礼’で‘下品’な人物を前に、思わずガードを緩めポロリと本音を見せていくのである。道行く人に‘Hello, my name is….’と挨拶しようと近寄るだけで、’I'll pop you in the fucking balls!’(タマを蹴るぞ)と怒鳴られる。ロデオ大会のマネージャーにはイスラム人に見えるから髭を剃れと勧められる……。それはmelting pot(人種のるつぼ)と言われる国の現実であり、とくに9.11以降ブッシュ政権が生んだアメリカの姿。ゴールデングローブ賞受賞に至るゆえんは、この点を赤裸々に映し出したことにあるだろう。
What is the fuss about? 国際政治問題にまで発展? BORAT旋風が欧米に巻き起こった
とはいえ、この映画はたしかに問題点を数多く抱えている。当然(?)のことながら、カザフスタン大使 Erlan Idrissovは激怒。‘… we had hoped that a certain sensitivity and respect might be due to those who have experienced suffering on such a scale. Were we wrong?(カザフの人々に対して思いやりと敬意を払って欲しかった)’(The Times 4th, November, 2006)おりしもカザフスタンとアメリカの首脳会談が行われたのが映画の封切り直後。そのため‘Boratおよびサーシャが議題に持ち上がった’‘カザフスタン側の抗議を受けてブッシュ大統領がサーシャを呼び出した’‘映画に対抗してN.Yタイムズにカザフスタン政府が国の宣伝広告を打った’などの噂が飛び交い、マスコミはこぞって政治的問題に発展したと報じた。一方映画が評価されるにつれ、ユーモアと創造の自由を尊重すべきという穏健派の声も取り上げられるようにも。こうしたカザフスタン側の反応に対し、サーシャは’I was surprised, because I always had faith in the audience that they would realize that this was a fictitious country……The joke is not on Kazakhstan. I think the joke is on people who can believe that the Kazakhstan that I describe can exist(観た人は映画の中のカザフスタンは架空の国だと気づくものだと信じていた。笑いどころはカザフスタンではなく、映画で描写されるようなカザフスタンを信じる人々なんだよ)’(Rolling Stone Magazine December 22,2006)と語っている。 またThe film “made plaintiffs the object of ridicule, humiliation, mental anguish and emotional and physical distress, loss of reputation, goodwill and standing in the community(精神的ダメージを負い、社会的立場を失った)’(associated press, 10/11/06)と映画に登場するハメになった一般市民も激怒。ルーマニアの村人たちや男子同好会の3人などとは訴訟問題にまで発展している。 さてマスコミの映画批評は、というと‘Borat is so gut-bustingly funny it should carry a health warning.(笑いすぎて危険)’(November 6, 2006 By Tom Charity Special to CNN)、’…it is brave and highly original. ….My feeling is that Borat could have found just as many idiots in any other country(ボラットは他の国でも愚かな人々を見つけ出してしまうのでは)’ . (CHRIS TOOKEY, Daily Mail, 3/11/06) ’What the Borat movie does best is to make us question the boundaries of funny.(笑えると笑えないの境界線を考えさせられる)’ (Jason Solomons Sunday October 29, 2006 The Observer)など様々。さあ、あなたの評価は?
フランス映画「めぐり遭ったが運のつき」のリメイク。完璧主義の敏腕暗殺者ヴィクターは、詐欺師のローズを暗殺しろとの要請を受けるが、珍しく失敗続き。再度狙うその瞬間、もう1人の暗殺者が登場し、ヴィクターは殺さなければいけないローズを助けてしまう。さらには偶然いあわせたホームレスのトニーが目撃した上、ヴィクターが落とした銃でもう1人の暗殺者を射撃。とにかく逃げろと3人はローズの車に駆け込むが……。 ヴィクター役は英国映画に必要不可欠な俳優の1人ビル・ナイ、ローズ役は「プラダを着た悪魔」他のエミリー・ブラント、トニー役は「ハリー・ポッター」のロンことルパート・グリントと、英エンタメ好きにはたまらない超豪華キャストがずらり。厳格な母親にゲイなのかと勘ぐられるほど自分の世界に閉じこもり孤独を愛してきたヴィクターがトニーに振り回され、ローズに“It(your home) 's like being in a hospital. It's so safe, …I can't breathe here.I'm frightened if I stay here much longer, I'll end up like you.”なんてズケズケ言われるうちに変化を遂げる様子を、ほろ苦いテイストで描いています。あらためて役者の演技力って大切なのね、と感じる良作です。
この原稿の掲載時には多くの人がコメディを観ながら一息できることを祈りつつ、本作をご紹介。海外コメディがウケないと有名な(?)日本で異例のヒットを飛ばした「ハング・オーバー」で名声を得たザック・ガリフィアナキスが、「アイアンマン」のロバート・ダウニーJr.とタッグを組んだ超話題作だ。 妻の出産を5日後に控えたピーター(ロバート)が仕事先からLAの自宅へと急ぎ飛行機へ。ところが後ろに座る男性イーサン(ザック)に電話の使用を注意されたことがきっかけでテロと間違われ、強制退去されてしまう。そこへなぜかイーサンが車に乗って現れるのだ。彼は俳優志望でハリウッドへ向かう途中だからと、男2人の大陸横断を提案。何が何でも出産に立ち会うために、ピーターはしぶしぶ承諾するが……。写真のような容姿で俳優志望、23歳を主張。父親の遺骨を入れたコーヒー缶を持ち歩き、「Dad… you are like a father to me」と缶に語りかけるイーサン。前作同様不思議ちゃん男ワールドが炸裂です。引用句ほか、ぜひ台詞で彼のボケっぷりをお楽しみください。
またしても劇場公開に恵まれず、人知れずDVDリリースされる良作がある。海外ドラマファンの間で人気の高いジェイソン・ベイトマン主演。紹介不要のベン・アフレック、「ブラック・スワン」でナタリー・ポートマンのライバル役で話題のミラ・クニスをはじめ著名人多数が脇を固める。とどめはオフビートなコメディで定評のあるマイク・ジャッジ監督。 主人公はお菓子用のextract(エッセンス)を作る工場の経営者ジョエル(ベイトマン)。ある日、ひょんなことから事故が発生し、従業員の1人が急所を負傷。おりしも謎めいた魅力を放つ若い女性シンディ(クニス)が働きたいとやってくる。夫婦生活に不満を抱いていたベイトマンは彼女に惹かれ、友人ディーン(アフレック)に相談。ディーンは、Stress is the killer!と、“薬”を薦めてきて……。笑いのツボは個性的な登場人物に振り回されるジョエル。とくに、バシっとキメこんだイケメン役の多いベン・アフレックが毛むくじゃらなバーの経営者に大変装。ジョエルの相談にダラっと喋りながら、必ず薬を持ち出す姿は一見の価値ありだ。
ときは1995年、約50年前にアメリカ、ロズウェル近郊で行われたといわれる宇宙人解剖の映像が欧米で一斉放映された。ところがこの映像、ロンドンに住むチンピラ、レイとその友人ゲイリーという2人の若者が撮影したものだった!? 本作はニセ映像を撮影するに至る事情から大騒動の舞台裏まで再現ドラマタッチで描いたコメディーである。レイとゲイリーに扮するのは人気2枚目半タレント、 Ant & Decの2人組。イギリス人たちの間では、彼らが出演するコメディは笑えない、が一般常識である。哀しいかな、本作もトップコメディアンたちの援軍があるにも関わらず、例外ではなかった(号泣)。 しかあし! 笑えるかどうかに固執さえしなければ、非常に楽しめる。というのも実話と公表していないが、プロット展開が非常にリアルで実話っぽいのだ。とくに、レイが解剖映像を入手したいきさつ、家に持ち帰ったら何も映っていなかった理由、ウソでもいいから解剖映像が必要な事情、そして肉詰めやジャムなどを使用した撮影の一部始終など‘暴露話なのかも?’と思わせてくれる。おまけに最後には ‘本物のレイ’ まで登場する始末。でもこの人、本作のプロデューサーであり、TV界で活躍中だから、世界中をだました張本人とは信じがたい。 一体これはfiction or non-fiction?宇宙人の解剖映像はhoax or real? どちらかわからないが、逆にそれがいいのだ。なぜなら謎があってこそのSFロマンなのだから。
スペインはイビサ島をベースにヨーロッパ中のクラブシーンを熱狂させる天才DJフランキー・ワイルド。酒とドラッグ、そして爆音漬けの ‘天国’な日々を送る彼に突然悲劇は訪れる。完全に聴力を失ってしまったのだ。マネージャーはおろか妻子にまで愛想を尽かされ、重苦しいほどにabsolute silenceのなかドラッグが生み出す幻影と闘うフランキー。やがて事実を受け入れた彼は、手話教師ペネロープとの出会いを経て再生の道を踏み出す……。 The following is based on a true story….この冒頭文のせいで、実在の人物フランキー・ワイルドを元コメディアン、今や本格俳優のポール・カイがブラックユーモア交えて演じた再現ドラマがベースのドキュメンタリー映画なのかと思ってしまった。じつはフランキーはfictional character(架空の人物)、この映画の形式はmocumentary(ドキュメンタリーを装ったフィクション)だったのだ! Paul Van DykeやCarl Coxなどの有名DJが当時の様子を語るシーン、hearing impaired(聴覚障害)となったフランキーが、スピーカーの振動とコンピューターでヴィジュアル化した音を使い音楽制作する様などがあまりにリアルすぎて見抜けなかった。向こうの思うつぼどおり、騙されるなんて! 嗚呼、バカ丸出し。しかぁし、騙されて何が悪い、と開き直るだけの感動がある。完全なる絶望の中にも希望の光は見つかる。諦めるな、掴みとれ、そして妥協するな。久々に観た、胸がじんとなるポジティブ映画だ。
05年度ゴールデングローブ賞で最優秀主演男優賞を受賞し、全米コメディ界で最も旬なスティーブ・カレルの初主演作「40歳の童貞男」。これは大人としての自信を失い、子供のままでいることの居心地良さに甘んじる’Peter Pan Syndrome’ に陥った男性をsexualityの観点から描いている。 大型電化製品チェーン店Smart-Techで働くアンディは40歳で童貞。’I tried but it just didn’t happen.’(頑張ってみたが、ダメだった)と自分でもその理由がわからない。今となってはコンプレックスを克服するどころか現実逃避。おもちゃとゲームに囲まれた‘ネバーランド’に閉じこもり、平穏に暮らしていた。ところがある夜、珍しく同僚たちに誘われてポーカーに参加。会話の流れは下ネタへと向かい、彼もセックスについて語るハメになってしまう。‘……Her breast, it feels like a bag of sands.’(彼女の胸は砂袋のよう)。未経験者ならではのその一言で彼が童貞だとバレてしまい……! ‘From now on, your dick is my dick.’(これからはオマエのナニは俺のナニだ!)と面白半分で世話を焼く同僚たちに振り回される一方、孤独だった彼の人生は着実に変化していく。女性経験豊富な様子だったのに恋人に捨てられて嘆く同僚を見たり、憧れの女性にセックスなしの交際を提案されたり。そんななか、彼はセックス経験の有無は些細なことだと悟っていく。そこには ‘素の自分に自信を持て’というメッセージが。40歳キモオタクの童貞喪失物語がただの笑い話に終らず、共感と感動をもたらすのはそこにある。
今回の作品はスパニッシュなまり炸裂。CNNやBBCの英語ではないが、異なるアクセントに慣れる意味でおすすめだ。 舞台はメキシコのとある貧しい修道院。料理番イグナシオ(愛称ナチョ)は、新鮮な食材が買えず孤児たちにマズ~い食事しか作れないことに不満を抱えている。ある日仲のよくない修道僧から’Your only job is to cook. Do you not realize I have had diarrhea(下痢) since Easters?’と嫌味を言われついに爆発。格闘技トーナメントに参加するため町へ飛び出した。賞金は200ペソ。暴力は御法度の教えに背き、オトコのdignity、人としてのrespect、そしておいしい食材を買うお金を求め、ナチョはリングの上に立ち上がる。覆面でその正体を隠して。 とにかくすべてがダサかっこいい! 今月本誌で紹介の極上ロマンティック映画「ホリディ」にも出演しているジャック・ブラックによる半ケツ、ヘソ出し、脂肪を揺らしながらの爆笑リアクション芸。加えて「バス男」で一世を風靡したジャレッド・ヘス監督の魅力も全開だ。田舎ののどかさを全面に出し、登場人物たちのたたずまいすらもボンクラ系ユーモアに変えてしまう。とどめは近年ジャック・ブラックとの共同活動で注目を浴びるマイク・ホワイトらしさ溢れる脚本。笑いのなかに信仰と暴力、善と悪などの矛盾を盛り込み、趣深い作品に仕上げている。それはラース・フォン・トリアーの「奇跡の海」を彷彿と……、は言い過ぎ? 3つの才能がブレンドされた極上のコメディだ!
原題「Friends with Money」が「セックス・アンド・マネー」なのは、人気ドラマ「Sex and the City」の監督がメガホンをとったせいだろう。たしかに‘セックス’と‘金’は絡んでいる。だがテーマではない。これは仲良し4人組の生活を通して、先進国社会で心のバランスを失った人々を描いた物語なのだ。 服飾デザイナーのジョアン、脚本家のクリスティン、桁外れに裕福なフラニーの3人には夫がいる。一方オリヴィアは男運がなく2ヵ月間の不倫相手が忘れられない独身女性。しかも現在はhouse keeping で生計を立てている。’I’m sorry that I haven’t figured out my entire life!‘苛立つオリヴィアを3人は哀れみ、心配する。 ところが実は、誰もが似たり寄ったりの状況なのだ。’I’m tired of my life.’ とmidlife crisisにハマるジョアン。夫婦関係がボロボロで夫がひげを剃ったことにも気がつかず’Why do you look so different?‘と尋ねるクリスティン。そしてフラニーは夫のいうなり。 興味深いのは、彼女たちが物事の理不尽さにさいなまれる一方、知らぬ間に理不尽なことをしでかしている点。ふられた男に毎晩無言電話をかけるオリヴィア。ジョアンは気に入らないことがあると不快なほどに罵声を浴びせる。そしてクリスティンが増築中の家は隣近所が窓から楽しんでいた美しい風景をさえぎっている。 そう、It’s the way things are.世の中理不尽で成り立っているのだ。ジョアンの夫が彼女との口論で口にした一言に思わず苦笑い、だ。